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京都地方裁判所 昭和56年(ワ)92号 判決 1984年4月27日

原告

日本住宅公団訴訟承継人

住宅・都市整備公団

右代表者理事

松下良一

右訴訟代理人

鵜澤晉

田口邦雄

横山茂晴

片岡廣榮

辻中一二三

中坊公平

辻中榮世

島田和俊

外四名

被告

新庄秀次

外六名

主文

一  被告らは各自原告に対し、被告ら別の別紙各賃貸借目録家賃未払額欄記載の各金員、及び、このうち同目録月別内訳未払額欄記載の各金員に対する同支払期日欄記載の日の翌日から本判決確定に至るまで年一割の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は、被告らの負担とする。

三  この判決の第一項中、被告ら各自に対し、別紙各賃貸借目録家賃未払額欄記載の各金員の支払を命ずる部分は、仮に執行することができる。

事実

第一  申立

(請求の趣旨)

主文第一、二項同旨の判決並びに主文第一項について仮執行の宣言を求める。

(請求の趣旨に対する答弁・各自)

一  原告の請求を棄却する。

二  訴訟費用は原告の負担とする。

との判決を求める。

第二  主張

(請求原因)

一  旧日本住宅公団(以下旧公団という)は、旧日本住宅公団法(以下旧公団法という)に基づき、住宅の不足の著しい地域において、住宅に困窮する勤労者のために耐火性能を有する構造の集団住宅等の供給を行うこと等により、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与することを目的として設立された法人である。

二  旧公団は、別紙各賃貸借目録記載のとおり、各被告に対し、同目録建物欄記載の各建物(以下本件各建物という)を、賃貸年月日欄記載の時期に、従前家賃欄記載の家賃(以下従前家賃という)で賃貸した。

三  公団住宅の利用関係は、私法上の建物賃貸借契約関係であるから、借家法七条の適用があり、「土地若ハ建物ノ価格」の上昇等経済事情の変動があれば、家賃の増額を請求しうる。

また、旧公団と被告らは、各賃貸借契約において、経済事情の変動に伴い必要が生じたとき、又は旧公団の賃貸している住宅相互間における家賃の均衡上必要があるときは、旧公団は家賃を増額することができる旨を約していた。

四  従前家賃は、本件各建物の管理開始以来改定されないまま推移したが、その間の建物価格、土地価格、公租公課、建物の維持修繕費、管理費、損害保険料の上昇、さらには一般の物価水準や勤労者の平均所得の上昇等の経済事情の変動に伴い、低額に過ぎて不相当となつた。また、公団住宅相互間の家賃額にも著しい不均衡が生ずるに至つた。

そのため、本件各建物の家賃は、昭和五三年九月一日現在では、別表(一)の鑑定評価家賃欄記載の金額(以下これを鑑定家賃という)が相当となつた。すなわち、

1 各建物の管理開始後、昭和五三年九月一日までの、建物価格、土地価格、公租公課の変動、建物の維持修繕費、管理費、損害保険料の変動、さらには、消費者物価指数、勤労者平均所得の変動は、別表(二)、(三)のとおりであり、いずれも著しく上昇した。

2 昭和五三年九月一日に近接して供給された新規供給住宅の家賃には、その後の経済事情の変動がないのであるから、客観的に相当な家賃額からの乖離がないと考えられるのに対し、本件各建物の従前家賃は、別表(一)のA/C欄記載のとおり客観的相当家賃である前記鑑定家賃からの乖離が大きくなつており、その結果、右の新規供給住宅の家賃との間に著しい不均衡が生じた。

五  旧公団は、各被告に対し、書面をもつて、従前家賃を昭和五三年九月一日以降別紙各賃貸借目録の改定家賃欄記載の各金額(以下改定家賃という)に増額する旨、及び同日以降は右改定家賃を支払われたき旨の通知及び請求をし、同書面は、同目録の家賃改定通知日欄記載の日ごろ各被告に到達した。

右改定家賃は、別表(一)のB/C欄記載のとおり、前記客観的相当家賃たる鑑定家賃を相当下廻つている。

六  旧公団は、住宅・都市整備公団法の成立に伴い、昭和五六年一〇月一日解散し、同日、旧公団の一切の権利、義務を原告が承継した。

七  ところが、被告らは、改定家賃のうち別紙賃貸借目録の家賃未払額欄記載の各金額を支払わないから、原告は被告らに対し、右各未払金額及び同目録月別内訳欄記載の各未払額に対する各支払期日欄記載の日の翌日から本判決確定に至るまで借家法所定の年一割の割合による利息の支払を求める。(請求原因に対する認否)

一  請求原因一項、二項の事実は認める。

二  同三項の主張中、公団住宅の利用関係が私法上の建物賃貸借関係であることは争わない。また、旧公団と被告らとの賃貸借契約で、旧公団の賃貸している住宅相互間における家賃の均衡上必要があるときは家賃を増額することができる旨を約していたことは認める。

しかし、その余の事実は否認し、その主張は争う。

三  同四項の事実中、従前家賃が管理開始以来改定されないまま推移したことは認めるが、その余の事実は否認し、鑑定家賃の相当性を争う。

四  同五項の事実は認めるが、改定家賃の相当性を争う。

五  同六項の事実は認める。

(被告らの主張)

一  旧公団の公共性

旧公団は、請求原因一項記載のような目的をもつて設立され、国や地方公共団体から出資と利子補給等の財政支出を受け、これによつて国民に低家賃の賃貸住宅あるいは低価額の分譲住宅を供給しようとするものである。したがつて、旧公団は、住宅金融公庫や公営住宅等と同じく、憲法二五条の国民の生存権を前提として、国ないし地方公共団体が国民に住宅を保障するために行う社会保障的制度の一つであり、旧公団法等種々の公的規制の下に、準国家機関として、住宅政策の一翼を担つて運営されてきた。

二  旧公団法と公団住宅の賃貸借契約との関係

公団住宅の賃貸借契約が私法上の契約関係であることは、原告の主張するとおりである。しかし、原告は、そのことから、公団住宅の賃貸借契約には、もつぱら民法及び借家法が適用されるのであつて、旧公団法及び旧公団法施行規則(以下旧施行規則という)等の規定は、右の契約関係を規律するものではないとする。

しかしながら、公団住宅の賃貸借契約は、公団が本来その目的としているものである。公団の業務は、このような私法領域を対象とし、私的契約を結ぶことにあるのであつて、公団法そのものの中に内在的に私法領域が含まれている。したがつて、旧公団法及びその委任命令である旧施行規則のうちの賃貸借契約に関する規定は、私法関係において公団自体を規律し、民法及び借家法に対する特別法的な地位にあるものと解すべきである。すなわち、公団諸法令のうち、借家法以上に入居者を保護する規定は、公団住宅の賃貸借契約について借家法に優先して適用されなければならない。

三  公団家賃のあり方

旧公団は、その住宅政策の一つの柱として、公団家賃について、個別原価主義の原則を採用していた。すなわち

1 旧公団法一条及び三二条の規定を受けた旧施行規則九条は、公団家賃の決定方法を定め、日本住宅公団賃貸管理業務細則、日本住宅公団会計事務細則等がこれを補つていたが、これらによれば、家賃は、各個別団地ごとに、構造別にその建設原価を算定し、これを一定の期間と利率で元利均等償却するものとして算出した額に、修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料、貸倒れ等の引当金及び公租公課を加えたものの月割額を基準として定めるものとされていた。

2 旧施行規則一〇条は、公団家賃の改定について定め、一号から四号の場合には、公団は、建設大臣の承認を得て、前条の規定にかかわらず家賃を変更することができる旨を定めている。しかし、被告らとの賃貸借契約五条においては変動部分の項目が列挙されているとおり、旧施行規則一〇条は、九条の個別原価主義を基調として、これを前提としたものである。したがつて、その安定家賃の性格に鑑み公営住宅法のような複雑な改定規定や公聴会等による開示規定を定めず、改定要件を簡易にし、かつ、改定額の算出方法に関する具体的な定めも設けていないのである。

3 また、旧施行規則は、旧公団法三二条に基づく委任命令であり、委任命令については、国会中心主義をとる憲法の趣旨からいつても、無制限な一般的・包括的委任は許されない。これを旧施行規則についてみると、同九条は家賃の算定方法を具体的に述べているのに対して、同一〇条は家賃等の変更ができる条件を述べるに止まり、その具体的な算定方法についての明文を置いていないのであるから、その算定方法は九条を準用するのが妥当であり、一〇条によつて家賃増額について無制限な一般的・包括的委任がなされていると解すべきではない。

4 また旧施行規則一〇条の各号についてみるに、同条一号は、旧施行規則九条に定める費目のうち、変動のありうる項目について、具体的に変動があつた限度で増減を認める趣旨である。このことは、前述のとおり被告らとの賃貸借契約五条では、その変動項目を列挙していることからも明らかである。同条二号の住宅相互間の家賃の不均衡については、日本住宅公団管理業務細則一二条、一三条で適用事例が規定され、その内容は同一支社、同一年度または同一団地内に限られていて、不均衡是正を理由とする将来の継続家賃の変更は予想もされておらず、具体的な規定もなされないまま無自覚的に施行規則にくみ込まれた発動不能な条項にすぎない。同条三号は、賃貸住宅に改良を施したときの規定で、原価の上昇にあたり、旧施行規則九条と関連するものである。同条四号は、傾斜家賃制度導入時の追加規定にすぎない。

5 個別原価主義は、住宅の賃貸から利益をあげず、長期的に安定した家賃で都市勤労者に住宅を供給することによつて、一般借家市場に安定性を与えると共に、その低廉性をもたらすものであつて、公的住宅に一般に採用されている原則である。すなわち、地方住宅供給公社法施行規則一六条、日本勤労者住宅協会法施行規則三条一項、住宅金融公庫法三五条、同法施行規則一一条一項は、この立場から理解される。

6 また、旧公団は、公団家賃が個別原価主義によるものであることを国会等でも再三表明しており、現に、経済事情の変動にもかかわらず、旧公団は、昭和三一年以来二〇余年間一度も家賃の改定を行つていない。

7 個別原価主義をとると、当初の家賃がかなり高額になることが考えられる。現に、被告宇山親雄の場合も、当初家賃は収入額の約四分の一を占め、客観的に相当な家賃といえないものであつた。しかし、この点の不合理は、原価主義が一貫されることによつて長期的にはバランスが保たれることになるのであつて、旧公団の家賃政策における意図は、ここにあつたのである。

四  賃貸借契約五条の解釈

1 旧公団と被告らとの間の賃貸借契約書の五条一項は、「賃貸住宅の敷地に係る地代、賃貸住宅に係る維持管理費、又は賃貸住宅、賃貸住宅に附帯する施設若しくは賃貸住宅の敷地に賦課される固定資産税その他の公租公課の負担が増加したとき」には、旧公団は、家賃等の額を増加することができると定めている。

右の定めは、旧施行規則一〇条一号が家賃変更事由を「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」と定めていたのを、個別原価主義の立場から、具体化し、変更事由を制限的に列挙したものと解すべきである。

2 また、右の条項を借家法を根拠とする規定であるとした場合でも、家賃変更事由を制限する当事者間の特別の契約にあたり、公序良俗に反しないかぎり制限的に解釈すべきである。

3 したがつて、原告が経済事情の変動としてあげる事由のうち建物価格、土地価格の上昇や、消費者物価や勤労者の平均所得の変動等は、本件家賃変更の理由とならない。被告らは、賃貸借契約書五条一項に列挙された事由による家賃の値上げをこばむものではないが、その場合にも、個々の事由の変動要因、数額及び改定家賃の算定方法が明らかにされるべきである。

なお、被告らの居住する男山団地においては、修繕費、管理事務費、公租公課については、家賃の平均構成比率からみると黒字であることが推認され、具体的に増額の必要は生じていない。

五  不均衡是正を目的とする家賃の値上げについて

1 新旧公団住宅相互間の家賃の不均衡を是正するために家賃を値上げすることは、前述のような個別原価主義の原則を逸脱するものであつて許されない。

2 昭和四七年及び昭和五〇年の住宅宅地審議会の答申で公的資金による新旧住宅家賃の不均衡の是正について答申がなされているが、国民的合意の下に、個別原価主義にかわる新しい家賃体系を確立するには至つておらず、旧公団や政府は、国会において、昭和五三年度の本件家賃値上げは、原価主義の範囲内にある旨を説明し、衆参両院建設委員会の要望でも、今回の家賃値上げの増収分は、五四年以降の新規の供給住宅の家賃抑制の財源として使用すべきではないとしている。

また、昭和五〇年以降の全国的な公営住宅家賃の値上げにおいても、不均衡是正は理由とされていない。

3 値上げ家賃を居住者と直接関係ない新規家賃の抑制の財源にあてることは、同じ頃公団住宅の分譲を受け、住宅価格値上がりの利得を得た者にくらべて、家賃の安定を期待していた賃借人に不公平な措置である。

4 このように、不均衡是正のための家賃値上げは、個別原価主義に反し、国会の審議や要望等を無視するもので、許されない。

六  不動産鑑定による「客観的相当家賃」算定の不当性

1 原告は、本件訴訟において本件家賃値上げの具体的算定根拠を一切明らかにせず、不動産鑑定による評価額(鑑定家賃)をもつて本件建物の客観的相当家賃であると主張している。

2 しかし、不動産鑑定評価基準に基づく鑑定は、一般民間市場における家賃を求めるものであつて、公益・福祉を目的とした公団諸法規に基づく政策的家賃としての公団家賃の相当性を立証するものではない。また、本件における不動産鑑定書(甲第二号証)が、家賃値上げ決定後に突然提出されていることから言つても、本件家賃増額の根拠とはまつたく無縁のものであることが明らかである。

3 原告は、建設大臣あての家賃等の変更申請に際しても、被告ら公団入居者に対する説明においても、今回の家賃値上げは、公営住宅法一三条の公営限度額方式の準用によつて家賃額を定めた旨を言明してきている。このことに照らしても、不動産鑑定による鑑定額が公団住宅の「客観的相当家賃」と関係ないことが明らかである。

4 また、本件における不動産鑑定書は、当初の家賃が公団家賃として相当であることを前提としているが、例えば、家賃は月収の六分の一程度が相当であるという政府の方針に照らしてみても、本件各建物の当初の家賃が公団家賃として相当であつたとはいえない。さらに、土地価格の高騰を直接に家賃に反映させることは、適当でないし、宅地供給業者の供給する賃貸住宅の家賃を相当家賃額鑑定の基礎資料とすることも誤りである。その他、原告が「客観的相当家賃」の唯一の根拠とする本件の不動産鑑定には、方法論的にも、算定根拠の上でも不当な点が多く、公団家賃としての客観的相当額を立証するものではない。

(原告の主張)

一  公団住宅の賃貸借関係の法的性質

1 旧公団は、請求原因一項の目的をもつて設立された公法人であるが、その業務の運営が右の目的にそうことを確保する方法は、実定法上専ら政府による行政上の監督にこれを委ねているのであつて、公団と居住者との間の賃貸借関係を直接規律する法令の規定はない。

旧公団法及び旧施行規則は、公法法規であるが、旧公団の業務に対する行政的規制監督の規定であり、これに従つて旧公団の業務が適切に遂行されることによつて居住者らの受ける利益は、いわゆる「反射的利益」であつて、権利として法的保護を求めうるものではない。

2 旧施行規則は、旧公団法三二条の委任に基づいて規定された旧公団の業務監督のための行政命令であつて、被告ら国民の権利・義務を定めた法規命令ではないから、公団住宅の賃貸借契約関係自体を規律するものではない。

3 したがつて、公団住宅の賃貸借契約を規律するのは、専ら、民法及び借家法等の民事法規並びにこれに基づく当事者間の契約の内容である。

二  いわゆる「個別原価主義」について

1 被告らは、公団家賃について、旧施行規則九条等を根拠に、個別原価主義なる特別の原則が存在し、旧公団がこれを逸脱することは許されない旨を主張する。

しかしながら、右主張は失当である。

2 まず、旧施行規則は行政命令であつて、賃貸借契約関係自体を規律するものでないことは前述のとおりである。

3 また、旧施行規則九条一項は、住宅の建設費用を家賃決定基準の一構成要素とすべき旨を規定しているが、右は、新たに建設された住宅の当初の家賃の決定に関する規定であり、当初の家賃が建物の建設費用(すなわち当初の建物価格)を基準の一要素とすることは、建物使用の対価としての家賃の性質上当然のことである。

かえつて、同項が、公団家賃の構成要素として、建物についてはその建設費用に対する年五パーセント以下の利息相当額を、敷地については地代相当額をあげていることは、公団家賃が通常の民間家賃と同様に不動産鑑定理論にいう純賃料部分をもその構成要素とすることを認めていることを意味する。したがつて、右純賃料部分の額の決定について基礎とされた土地・建物の価格が上昇し、その結果、右純賃料部分が建物使用の対価として過小になつた場合には、同項による家賃が不相当に低額となることが明らかである。

4 そして、右のように不相当になつた家賃を、旧施行規則九条の規定にかかわらず増額することができる旨を定めた規定が、旧施行規則一〇条である。したがつて、同条一号の「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」とは、土地及び建物の価格の上昇の結果旧施行規則九条による家賃の純賃料部分が過小となつた場合をも含むのであつて、この点、右一号の事由は、「土地若ハ建物ノ価格」の上昇を当初家賃を不相当ならしめる事由として明定する借家法七条一項の規定と趣旨において何ら変らない。

ちなみに、当初家賃の算定について公団住宅と同様の構成を定める公営住宅の場合も、公営住宅法一三条、同法施行令四条の四は、家賃変更にあたつて土地及び建物の価格を再評価している。

5 旧施行規則一〇条は、変更家賃の算定方法を定めていないが、これは、あらかじめ一般的な方法を定めるかわりに、変更額をその都度建設大臣の承認によらしめたものであつて、家賃の改定を否定する根拠とはなり得ない。

6 公団住宅の家賃を、必要経費部分を除いて当初の家賃に固定することが、公団の設立目的等から要請されていると解する根拠はない。かえつて、公団住宅はいわば国民の財産であるから、これの利用の対価としてその時々の経済事情に即応した適正な家賃を収受することは、公団の責任である。このことは、昭和五〇年八月、住宅宅地審議会が、不相当に低額になつた家賃についてその見直しの実施等により適正化を図り、社会的不公正の是正に努めるべきであると指摘していることや、より公共性の強い公営住宅についても、経済事情に応じた家賃の増額がなされていることからも明らかである。

三  賃貸借契約書五条の解釈について

1 被告らは、賃貸借契約書五条一号の約定が、家賃の増額事由を制限的に列挙したものであると主張する。

しかし同号は、旧施行規則一〇条一号が「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき。」と一般的に規定していたものを、単に具体的に例示しただけであり、表現上の相違はあるにしても、借家法七条と同様に事情変更の原則という一般法理の適用を明らかにしたものである。けだし、旧施行規則一〇条一号の規定を、契約条項で限定する合理的な理由はないし、個別原価主義等という原則のないことも前述のとおりであり、また、増額事由を右のように限定することは、賃貸借契約書五条二号が不均衡是正を増額事由としていることとも整合しないからである。

なお、仮りに、右五条一号が家賃増額事由を限定したものであつたとしても、借家法七条一項は強行法規であつて、経済事情の変動が生じた場合は「契約ノ条件ニ拘ラス」家賃の増額を請求しうることに変わりはない。

2 賃貸借契約書五条二号は、公団住宅相互間の家賃の均衡上必要があると公団が認めたときは、家賃等を変更しうると定めている。その趣旨は、「家賃の公平」ないし「家賃の均衡」が、公的集団住宅としての公団住宅に本来的に内在する要請であること、及び、賃料は賃貸建物及び敷地を利用する便益に対する対価であるから、その便益に相当する額であつてしかるべきことの双方を踏まえて、経済事情の変動によつて当初家賃が不相当に低額となり、新しい経済事情の下で新規に供給される住宅の家賃との間で、相当家賃からの乖離の程度に不均衡が生じた場合に、当初家賃を経済事情の変動に即した相当家賃にまで改め、もつて、新旧公団家賃を、いずれも、住宅利用の対価としての相当額の水準において均衡させ、これによつて家賃負担の公平を回復しようとするものである。

そして、公団住宅は、長期間にわたり大量に供給されるのであるから、その間の経済事情の変動によつて、右のような不均衡が生ずることが避けられないのであるから、その是正を理由とする家賃増額請求が許されないとするいわれはない。

3 被告らの主張は、要するに、土地建物の価格の上昇等経済事情の変動によつて不相当に低額になつた家賃の据え置きを主張するものであり、建物及び敷地の使用の対価としての家賃の本質及び強行規定たる借家法七条一項の規定とその趣旨を無視し、かつ、公的集団住宅としての公団住宅の利用関係に内在する家賃負担の公平の要請を顧慮しない自己本位の主張にすぎない。

四  改定家賃の相当性について

1 原告は、請求原因四項のとおり別表(一)の鑑定家賃をもつて、借家法七条一項に適合した客観的相当家賃額であると主張するものである。右鑑定家賃は、継続賃料の評価手法として一般に認められている、利回り法、スライド法、差額配分法に従つて、本件各建物の当初家賃を基礎として、これに、その後の土地建物価格の変動、公租公課の変動等の経済事情の変動を参酌して鑑定したものである(以下これを本件鑑定ともいう)。したがつて、右鑑定家賃は、公団住宅の当初家賃をその後の経済事情の変動に応じていわば相似的に拡大したものであるから、当初家賃の公共性を自ら反映している。

2 しかも、現実の改定家賃は、政策的な配慮に基づいて、右客観的相当家賃額たる鑑定家賃をさらに下まわつて請求されているのであるから、その相当性は充分明らかである。

3 なお、公団住宅の賃貸借契約については、実定法上特殊な公法的規律がなされているとはいえないから、その契約関係は全面的に民法及び借家法等の私法法規の適用を受けている。したがつて、改定家賃の相当性の判断にあたつては、借家法七条一項に基づく一般の民間住宅の家賃増額請求訴訟と同様に、専ら、賃貸住宅にかかる土地建物の価格の上昇等周囲の客観的経済的事情の変化のみが考慮されるべきであつて、公団住宅の家賃としての公益適合性等は、司法審査の対象にならない。また、改定家賃が公団諸法令に適合しているか否かも、本件訴訟で問題とすべきではない。

第三  証拠<省略>

理由

一当事者間に争いのない事実

旧公団が原告主張のような目的で設立された法人であり、原告がその権利義務を承継したこと(請求原因一項、六項)、旧公団が被告らに対し本件各建物を原告主張のような内容で賃貸していたこと(同二項)、及び、旧公団が被告らに対し昭和五三年九月一日から従前家賃を改定家賃の通り値上げする旨の意思表示をなし、これが被告らに到達したこと(同五項)は、当事者間に争いがない。

二公団住宅の家賃値上げの要件

1 公団住宅の使用関係の法律上の性質は、私法上の賃貸借契約関係であると解されるから、これを規律するものは、当事者間で合意された契約条項及び民法、借家法等の民事法規である。ただ、公団住宅の公共的性格に鑑み、旧公団法三二条に基づいて制定された旧施行規則は、九条及び一〇条に、公団家賃の決定、変更等について特別の規定を置いている(これは、住宅・都市整備公団法三〇条に基づいて制定された同法施行規則四条及び五条に引継がれている)。しかして、右旧施行規則一〇条は、後述のとおり物価その他経済事情の変動(一号)及び家賃相互の不均衡(二号)のあるとき等には、公団は家賃を変更することができる旨を定めているが、右は、借家法七条一項の適用を前提として、その基準をさらに具体的に定めたものと解される。したがつて、旧公団は、旧施行規則一〇条各号に該当する場合には、借家法七条一項に基づいて、家賃の値上げを請求することができたものである。

2  これに対して、被告らは、原告との間の賃貸借契約(以下本件契約という)五条一号は、個別原価主義に基づいて、家賃変更事由を制限した特約であると主張する。

たしかに、<証拠>によると、本件契約五条一号は、家賃増額事由として地代、維持管理費、公租公課の増加のみをかかげている。しかし、本件契約五条一号ないし三号の文言全体と、前記旧施行規則一〇条一号ないし三号の文言全体を対照すると、前者が、後者をうけて規定されていることは明らかである。そして、旧公団が、旧施行規則一〇条で定めている家賃変更の事由を、本件契約五条によつて特に限定したと解すべき合理的な理由はないから(ちなみに、後述のとおり、いわゆる個別原価主義が公団住宅の家賃に関する一般的な原則であるとは認められない)、本件契約五条一号の事由は、旧施行規則一〇条一号の「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」の例示であると解するのが相当である。

3  次に、被告らは、公団住宅の家賃について、いわゆる個別原価主義の原則があり、公団は、償却期間を通じての個別原価の回収を超えて家賃の増額を請求することはできないと主張し、その根拠として、旧施行規則九条の規定等をあげる。

旧施行規則九条は、公団住宅の家賃は、賃貸住宅の建設に要する費用を償却期間中利率年五分以下で毎年元利均等に償却するものとして算出した額に修繕費、管理事務費、地代相当額、損害保険料、貸倒れ等引当金、並びに公租公課を加えたものの月割額を基準として定める旨を規定している。しかし、前述のとおり、同規則一〇条は、公団は同条各号の場合には、建設大臣の承認を得て、「前条の規定にかかわらず」家賃等を変更することができる旨を定めている。そして、同条一号に「物価その他経済事情の変動に伴い必要があると認めるとき」とあるのを、被告らが主張するように単に管理費等の変動項目についてのみの規定であると解することはできないし、二号に「賃貸住宅相互の間における家賃の均衡上必要があると認めるとき」に、家賃を変更することができるとあるのを、個別原価主義の立場から説明することは困難である。すなわち、これらの場合には、公団は旧施行規則九条による当初の家賃を、経済事情の変動ないし家賃相互間の均衡の要請に従つて変更し得るというのであるから、個別原価主義を基本とする当初の家賃基準のみが、公団住宅の家賃に関する絶対的な基準であると解することはできない。そうすると、仮りに、従来、旧公団がその家賃を個別原価の回収を基準に決定して、長年据え置いてきており、かつ、旧公団の業務細則等にもその範囲での規定しか設けていなかつたとしても、その後の新たな政策的な必要によつて、旧施行規則の下でその方針を変更し得ないとする理由はない。

その他、いわゆる個別原価主義に反する家賃の値上げ請求が現行法上違法であるとする被告らの主張は、いずれも理由がないものとせざるを得ない。

4  したがつて、原告は、旧施行規則一〇条一号ないし四号に該当する場合には、借家法七条一項に基づいて家賃の変更を請求することができるというべきである。

三本件家賃値上げ事由の存在

1  <証拠>によれば、次のとおりの事実が認められ、これに反する証拠はない。

(一)  本件各建物は、いずれも、京都府八幡市男山地区に開発された原告公団男山団地内に存在する鉄筋コンクリート五階建共同住宅の一画に存する。同団地内には、昭和四七年ないし五一年頃に建設された共同住宅一四七棟約四六〇三戸が建つており、京都及び大阪への通勤も便利で、各種生活施設も充実している。

各建物の型式、床面積、管理開始時期は別表(一)の該当欄のとおりであり、建築後の経過年数に応じ一定の機能的陳腐化があるが、維持管理の状況に特に問題はない。

(二)  本件各建物の管理開始後、家賃値上げのなされた昭和五三年九月一日までの経過期間は、別表(二)のとおり五年五月ないし六年五月であり、その間家賃は据え置かれていた。その間に、同表記載のとおり、消費者物価は、総合指数で1.7倍から1.9倍に、家賃指数で1.6倍から1.8倍に上昇し、勤労者の平均所得は、1.8倍から2.2倍に増加した。

また、本件各建物の建物価格及び土地価格をその後の経済事情の下で推計によつて再評価してみると、同表該当欄のとおりであり、建物の再調達原価で約1.6倍ないし1.9倍、土地価格で約1.4倍ないし1.8倍となる。さらに、各建物の積算価格に、民間賃貸住宅で一般に使用されている一定の係数を掛けて各建物の維持・修繕費、管理費、及び損害保険料に相当する金額を算定してみると、別表(三)のとおりになり、これらにも、相当額の増加が認められる(ただし、右各金額は実額ではないし、<証拠>によると、実額は、右計算額より相当低いことがうかがわれる。)。

(三)  日本不動産研究所所属不動産鑑定士吉村彰彦が、本件各建物の従前家賃を基礎として、これに、民間賃貸住宅の継続賃料の算定手法として一般に使用されている利回り法、スライド法、差額配分法の手法を用いて昭和五三年九月一日までの経済事情の変動を加味して鑑定した結果は、別表(一)記載の鑑定家賃のとおりとなり、従前家賃は、右鑑定家賃の六四ないし六六パーセント程度にすぎない。

(四)  公団住宅の家賃は、その供給が開始された昭和三一年以来、昭和五三年まで、改良及び空屋家賃として改定されたものを除いて、一度も変更がなされなかつた。ところが、その間に、消費者物価総合指数は約四倍、家賃指数は約七倍、勤労者の実収入は約一〇倍、市街地地価は約二三倍に上昇する等著しい経済事情の変動があり、その結果、古い公団住宅の家賃は相対的に著しく低額化し、かつ、新旧公団住宅の家賃にも著しい不均衡(平均家賃で約8.8倍)が生じていた。同様の事情は、公営住宅、公社住宅にも生じ社会的不公正が問題とされていたが、これらに対し、昭和五〇年、住宅宅地審議会から不相当に低額になつた家賃の見直しが提言され、実際に、昭和五〇年以降、全国の公営住宅、公社住宅については、家賃の値上げが実施された。なかでも、公営住宅の家賃改定は全国で九〇万戸に及び、その結果、本来低所得者層を対象とする公営住宅の家賃が、公団住宅のそれを上廻る状況さえ生まれるに至つた。

そこで、旧公団は、公団住宅についても家賃の値上げを行うこととし、昭和五三年九月、既存の公団住宅約三四万六〇〇〇戸について、公営住宅法一三条に基づくいわゆる公営限度額方式に準じて算出した基準引上額の二分の一以下の限度内で、家賃の値上げを実行した。

本件各建物の家賃値上げも、その一環としてなされたものである。

2  以上の事実によれば、本件各建物について、物価その他の経済事情の変動及び公団住宅相互間における家賃の均衡のために、家賃を値上げする必要が生じていたものというべきである。

これに対して、被告らは、建物価格や土地価格の上昇、消費者物価や平均所得の変動及び新旧公団住宅相互間の家賃の均衡等は、家賃値上げの事由とならないと主張するけれども、被告らがその主張の前提とする個別原価主義を、公団住宅の家賃の絶対的な基準と解することができないことは既に述べたとおりであり、旧施行規則一〇条及び借家法七条一項に照らし、右のような事由を家賃値上げの事由から特に除外しなければならない合理的な理由はない。

3  したがつて、本件各建物の家賃の値上げの請求は、適法であるというべきであるから、次に、値上げ額の相当性について検討することとする。

四本件家賃値上げ額の相当性

1 原告は、公団住宅の家賃値上げについては、専ら借家法七条一項のみが適用され、公団住宅家賃としての公益適合性の有無や、値上げ額が旧施行規則の趣旨に合致しているか否か等は、本来、値上げ額の相当性の判断にあたつて、司法審査の対象とならないと主張し、その上で、前記鑑定家賃こそが、本件各建物の客観的相当家賃額であると主張する。

2 しかしながら、本件で値上げを請求されているのは、公団住宅の家賃である。そして、公団住宅は、旧公団法一条の下に「住宅に困窮する勤労者のために」、「国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与する」ことを目的として供給され、その管理は、他の法令により定められた基準に従うほか、「建設省令で定める基準に従つて行わなければならない(旧公団法三二条)」と定められているのであるから、公団住宅の家賃の値上げが借家法七条一項に基づいて請求された場合にも、値上げ額の相当性の判断にあたつては、それが、右のような要請に反するものでないかどうかが、検討されなければならないというべきである。

このことは、例えば、借家法七条一項では「比隣ノ建物ノ借賃ニ比較シテ不相当ナルニ至リタル」ことを家賃値上げの事由としているけれども、公団住宅の家賃が、比隣の民間賃貸住宅の家賃に比較して安いからといつて、直ちに、これを民間賃貸住宅の家賃と同額にまで値上げすることが相当であるとはいえないことからも明らかである。けだし、住宅公団は、前記のような目的を達成するために、国の出資によつて設立され、準国家機関として国の住宅政策の一翼を担つて運営され、かつ、国の財政から利子補給等を受けているのであるから、その供給する住宅の家賃の相当性を、営利を目的として運営される民間賃貸住宅の家賃と同様に、あるいはこれとの単純な比較において論ずることはできないからである。

したがつて、本件各建物についての家賃値上げ額の相当性は、前記のような公団住宅供給の目的や旧公団法一条、旧施行規則九条一〇条の趣旨、ひいては、国の基本的な住宅政策そのものに照らして判断されなければならない。

3 そこで、このような立場から、まず、原告の主張する前記鑑定家賃額が本件各建物の客観的相当家賃額といいうるか否かについて検討する。

(一) <証拠>によると、右鑑定家賃は、前述のとおり、本件各建物の従前家賃を基礎として、これに、利回り法、スライド法、差額配分法の手法を用いて、その後の経済事情の変動を加味したものである。したがつて、右鑑定家賃は、原告の主張するように、公団家賃としての当初家賃をその後の経済事情の変動に応じていわば相似的に拡大したものであり、その限りで、公団家賃としての公共性を既に内包しているということが一応可能である。

(二) しかし、それが、公団住宅の値上げ家賃として相当であるというためには、さらに、基礎とされた当初家賃自体の公団家賃としての相当性が検討されなければならない。けだし、右当初家賃は、当然、旧施行規則九条に従つて決定されていたものと推認されるから、その限りでは適法なものであると考えられるにしても、<証拠>によると、特に昭和四〇年代以後用地費の高騰や建築費の上昇によつて、原価主義に基づいて決定される当初家賃の水準が、もともと旧公団自体が入居者たる勤労者の平均所得との関係で目標としていた割合(六分の一以下)や、国の住宅政策において公営住宅と公団住宅との機能分担を考える上で必要とされた水準を上廻らざるを得なくなつていたことがうかがわれるからである。そうだとすれば、物価の上昇によつて家賃を値上げする際には、単に当初家賃を相似的に拡大するのみでなく、以上の点についても、改めて検討が加えられるべきである。

(三) また、以上の点を措いたとしても、経済事情の変動を加味するにあたつて、本件鑑定の採用している手法は、営利を目的とする民間の賃貸住宅について、適当な経済性の保障ないし利益の妥当な配分の観点から継続賃料を算定する手法であつて、公団住宅の家賃値上げ額を算定する上で、必ずしも、十分妥当な方法であるとはいえない。けだし、本件鑑定にあたつた証人吉村彰彦は、本件鑑定の性格を、自ら「本件鑑定評価は、実体は公団住宅の家賃を評価すると言うよりも、公団の建物を民間ベースで貸すとすればということで一貫してやつている」と証言するのであるが、そのような設定自体が、公団住宅家賃の公共性を捨象するものであり、かつ理論的な整合性を欠くものといわざるを得ないからである。

これを具体的にみても、いわゆる利回り法は、土地、建物の基準価額に対するその時々の利回りを指標とする点で、本来営利を目的とするものではない公団住宅に必ずしもふさわしいものとはいえないのみならず、本件鑑定(前記甲第二号証)では、純賃料額を算定する際の必要諸経費を、すべて、民間住宅の指数によつて算定している点でも問題がある。また、本件鑑定のスライド法は、当初家賃に単純に家賃指数のみを掛け合わせたものであり、右家賃指数が民間住宅の新規支払賃料と継続支払賃料を混入したデーターであることや、消費者物価指数等その他の各種指標や、同種住宅にあたる公的住宅の家賃変動率等との総合的な検討が加えられていない点でも不十分なものといわざるを得ない。従前家賃を単純に家賃指数にスライドさせることは、民間家賃の値上げにおいても、そのまま認容される可能性は少いのであつて、まして、公団家賃の値上げについてこれを採用することは、住宅政策自体の全面的な放棄を意味するものといわざるを得ない。差額配分法は、一般に、民間貸家の継続家賃を決定する上で適切な手法であるが、本件鑑定の場合、公団住宅について、周辺の民間家賃の事例からオープンマーケットにおける「正常実質賃料」を措定した上で、これと原理を異にする公団住宅の当初家賃との差額を配分の基礎とする点で擬制を避け難く、便宜的なものといわざるを得ない。

さらに、本件鑑定が、例えば当初家賃の利回りを算定するのに、旧施行規則九条に従つて当初家賃額を算定するのに使用したであろう現実の建築原価等の使用をあえて回避し、昭和五六年四月の取引事例等の調査に基づく推計額や経験的に求めたという再建築費を使用していること等は、各種実額の開示を拒む原告の主張に迎合するものとの印象を避け難い。

(四)  このようにみてくると、本件鑑定の結果が、公団住宅である本件各建物の、昭和五三年九月一日当時の客観的相当家賃額を証明するに足りないものであることは、明らかである。

4 以上によると、原告が主張するように本件改定家賃額が前記鑑定家賃額を下廻つていることから直ちにその相当性を肯定することはできないのであつて、前記三で認定したような値上げ事由の存在によつて、従前家賃がいかなる程度に不相当となり、かつ、公団住宅相互間の家賃の不均衡がどの程度に生じていたかが、さらに、具体的に検討されなければならない。しかし、この点について、原告は十分な証拠を提出しない。

5 しかしながら、本件各建物の家賃値上げに限つてみるならば、その値上げ額は、割合の上でも、金額の上でも小さいものであり、前記値上げ事由等に照らすと、相当性があるものとしてこれを認容すべきである。以下、その理由を述べる。

(一)  本件家賃の値上げ額は、別表(一)記載のとおりであり、値上げ額は月額二七〇〇円ないし三四〇〇円であり、値上げ率は、12.8パーセソトないし13.6パーセントである。

右の割合は、三で検討した物価その他経済事情の変動を示す各種の指標を相当程度下廻るものであつて、著しい物価高騰の時期を含んで五年五月ないし六年五月間据え置かれた後の家賃値上げの額としてみれば、常識的にも控え目なものであり、先に認定したような公団住宅設置の目的や公団諸法規の趣旨に反するものとはいえない。

ちなみに、被告宇山親雄本人尋問の結果によれば、昭和四七年当時同被告の入居した本件建物の従前家賃月額二万三八〇〇円は、同被告の収入の約二三パーセントを占めたが、その後、昭和五七年頃には、改定家賃月額二万六九〇〇円でも収入の約六パーセントを占めるにすぎなくなつている。このことからすれば、昭和五三年九月当時の値上げ額月額三一〇〇円は、同被告の月収との関係では大きな負担となる程の金額でなかつたことが明らかであり、他の被告らの場合にも、この点での事情が大きく異るとの証拠はない。なお、証人重村力の証言及びこれによつて既存賃貸住宅の世帯全収入の推移表であることが明らかな検乙第一号証によつて、昭和五三年度の公団住宅全入居者の平均年収を約三三〇万円と推定し(前記甲第四号証によると、勤労者一世帯あたり平均実収入額は約三七〇万円)、本件の改定家賃(3DK)中中位にある月額家賃二万六九〇〇円の割合を求めると、約9.8パーセントにとどまる。

(二)  本件家賃値上げにあたつて、値上げの具体的な金額は、前述のとおり、公営住宅法一三条のいわゆる公営限度額方式に準じ、これによる引上げ限度額の二分の一以下の範囲で決定されているものと推認される。

ところで、公営住宅法は、その一二条で、建築原価(但し、国等の補助額を除く)を基準に事業主体が家賃を定めるとした上で、一三条一項で物価の変動あるいは公営住宅相互間の家賃の均衡上必要があるときは、家賃の変更を許している。そして、同条二項及び三項は、建設大臣が政令で定めるところにより住宅宅地審議会の意見を聞き建築物価の変動を考慮して地域別に定める率を当該公営住宅の工事費に乗じて得た額を償却の基礎額とし、これに必要経費等を加えた額を限度とする限り、公聴会の開催や建設大臣の承認を要さずに値上げができるとしている。これが、いわゆる公営限度額方式といわれるものであるが、右の規定は、つまるところ、右限度額内では、公営住宅の家賃の値上げも、やむを得ないものとして公認することを前提としているものと解される。そして、公営住宅は、公営住宅法一条の定めるとおり、公団住宅より一層大きな公益的使命を担い、低額家賃たることを要請されているのであるから、その公営住宅において、右限度の家賃値上げがやむを得ないとされるのであれば、右方式に準ずる公団住宅の家賃値上げも、原則として、公団住宅の値上げ家賃としての相当性を具有するものというべきである。(もつとも、本件各建物について、公営限度額を算定した具体的な内容は明らかでないが、この点は被告らにおいても積極的に争つてはおらず、本件証拠上も、その算定過程の不合理性をうかがわせるものはない。)

(三)  本件家賃値上げ以前に、前述のとおり多数の公営住宅について公営限度額方式の下で家賃の値上げが行なわれているが、住宅政策の整合性の上からも、公団住宅について行なわれた同様の方式に基づく家賃値上げは、原則として、相当性を有するものと解される。

(四)  旧施行規則一〇条は、公団住宅の家賃の値上げを全面的に建設大臣の承認にかかわらせている。そして、<証拠>によると、本件の公団住宅の家賃の値上げについては、国会でも種々の審議がなされ、その結果に基づいて、建設大臣の承認がなされていることが認められる。したがって、そのことによつて、本件家賃値上げは、国の住宅政策の上での整合性が担保されていたものと解され、本件証拠上これに反する事情は特に認められない。

6 したがつて、本件家賃の値上げ額は、前記三で検討した値上げ事由との関係で相当なものであつたというべきであり、他に本件証拠上、これを不相当とするような事情は認められない。

五結論

以上の通り、原告の家賃値上げの請求によつて、本件各建物の家賃は、昭和五三年九月一日から改定家賃の通り値上げされたものと認められる。そして、被告らが、別紙賃貸借目録月別内訳欄記載の期間中、従前家賃を支払つてきたこと及び一部被告について契約関係が終了していることは、原告が自認しているから、被告らの未払額は、それぞれ同目録家賃未払額欄記載のとおりになる。

よつて、被告らに対し、右各金額及びこのうち同目録月別内訳未払額欄記載の各金員に対する各支払期日欄記載の日の翌日から本判決確定に至るまで借家法七条二項所定の年一割の割合による利息の支払を求める原告の請求は、すべて理由があるからこれらを認容することとし、訴訟費用の負担について民訴法八九条、九三条を適用し、仮執行の宣言は、同法一九六条を適用して家賃元本の支払についてのみこれを付することとして、主文のとおり判決する。

(小田耕治)

別表(一)、(二)、(三)<省略>

賃貸借目録<省略>

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